選挙中、協力してくれたMさんは、樺太生まれで、満州から引き上げて来られた方です。
長く付き合ってきたのに何も知らなかったことに反省しつつ、話に引き込まれました。
当時、Mさんは6歳。
お母さんと弟と3人で終戦を知らずに山の中を逃げたそうです。乾燥させたお米・コウリャンを食べながら何日も歩いた事を話してくれました。途中、目にした、亡くなり身ぐるみ剥がされ白い下帯ひとつにされた兵隊さんの姿が強烈に頭に焼きついている。やっと会えたお父さんを収容所で病気で亡くし、荼毘に伏したこと。「戦争は絶対によくないよ」としみじみ話されました。胸にズシンと来るお話しでした。
戦争体験を聞くことは「人の心を打ち、いかに学びが多いか」。「はだしのゲン」の閲覧を制限する松江市教育委員会の問題は許せません。私たち自身が戦争や原爆の悲惨な真実を学び、伝える立場を明確に、隠そうとする力を許さない敏感さを持つ事が大切と感じています。
13年09月01日付「豊平区新聞」より